東覚寺(赤紙仁王尊)

“赤紙に覆われ姿を伺い知れなくなった仁王像は、治癒祈願に訪れた参拝者の多さの証し”

宗派 真言宗豊山派
山号 白龍山
院号 寿命院
住所 〒114-0014 北区田端2-7-3   ◉最寄り駅/JR田端駅
縁起

 奈良県の豊山長谷寺を本山とし、延徳三年(1491)源雅和尚が不動明王を勧請して本尊とし、、神田寺町筋違の地(現在の万世橋付近)に建立したのが、始まりと伝えられる。その後、根岸の御隠田(寛永寺第七世門主公遵法親王の隠居所であったところ)を経て、安土桃山時代後期、慶長年間(1596~1615)の初期に武州豊嶋郡田畑村(現在地)に移った。江戸時代には、7石の朱印地を拝領した御朱印寺で、御府内八十八ヶ所霊場66番札所、豊島八十八ヶ所霊場66番札所、上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場29番札所であり、谷中七福神の福禄寿が祀られている。

 山門横の護摩堂の前には一対の仁王像は赤紙仁王と呼ばれている。いつから定かではないが、赤紙(悪魔を消除する火の色)を患部と同じ箇所に貼って、病気の身代わりを祈願するのが慣わしとなっており、そして祈願成就のあかつきには草鞋を奉納する。これは、仁王様が、祈願者や病人を見舞うため日夜歩かれるので、さぞかし草鞋が必要であろうという思いやりから、行われるようになったと伝えられている。

法真寺
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